人間性の深奥

  • 2018.10.13 Saturday
  • 18:03

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『・・・しかし文学はそもそもそんなヤワなものではなかった。文学は人間の明るい面からも暗い面からも、人間性の深奥に到達しようとしたのである。もし執筆者が自分の正当性、道徳性だけを外界にひけらかそうという意図のもとに文章を書き始めたら、現世はいたたまれないほど、虚偽的で軽薄なものになるだろう。信じられないことに、最近ではその情熱が、かつてないほどもてはやされているようにみえる。

 そもそも意見の対立が起きた場合、筆をもって生きる者は、信念があるなら、筆で立ち向かったものであった。その大前提が最近では失われているらしい。読者だか大衆だかは、その雑誌をつぶすことが、正義を保つ方法だと感じているらしい。だから物理的に出版社をいじめつけることで、その雑誌の発行を止めようとする戦略も生まれて来たのだろう。

 戦争が終わって70年余り。昔は毎日のように口にされ、今は全く年に一度も人々の口の端にのぼらなくなった言葉に「勇気」がある。私個人は実際勇気とは無縁に暮らしている。山登りも遠洋航海もしたことがない。政治家になろうと考えたことも、金もうけを企んだこともない。日々合理的な食事をすることだけを考えている。

 しかし惰弱な文学でさえ、人間としての筋道と、ささやかな自己の信念に似たものを守る勇気は要るのだ。雑誌の中の一本の論文だけを理由に雑誌をつぶすという人々は暴徒だから、出版人はそれに耐えるくらいの勇気は要るのだ。』

 〜先日産経新聞に掲載された曽野綾子氏『透明な歳月の光』より〜

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