自裁

  • 2018.01.21 Sunday
  • 20:19

 

 

 

 

『そんな光景をみせられて予想していたとはいえうんざりしていたある日、清水丈夫と(駒場で)ばったり遭った。清水は「俺、この三日間、何も食べていなんだ。五百円貸してくれ」と青年にいった。「うん、このなけなしの五百円を貸すが、そうすると俺が三日間食えないことになる」。三日後に(ある小さな集会の場で)返すというので、青年はそれまで水だけで過ごした。よたよたとその集まりに出かけ、「あれを返してくれ」と青年がいうと、清水は「何のことだ」という。「あの五百円さ、返すといっただろう。俺は三日間食べていないんだぜ」と応じると、相手は封筒から五百円を出し、これが青年の終生忘れえぬ言葉となったのだが、「こういうことは二度としないでくれ」といわれたのである。

 青年はやっと「職革」の本質を理解できたような気がして、本当の話、感銘に近いものを覚えた。「親分に上納金を出すのは子分の義務であり、子分に借りたカネを返すのは下付金の一種にすぎず、それを実際に下すかどうかを決めるのは親分の権利である」、それが組織というものの原則だということである。この全学連書記長の「精神の粘り強さ、熱意あふれる廉直さそして人付き合いにおける愛嬌」に感服し、それゆえ(遠からず独りになることを内心では決意しながらも)「この男とは別れ難いなあ」と感じていた。で、すでに解体状態にあったプロ通派に形ばかりとはいえ連名していたのである。だが、この五百円のやりとりのなかで、「俺は本当に独りになるしかないのだ、職革になんか死んでもなれるわけがない」と青年は心の底まで納得したのである。思えば、この顛末もまた左翼ポンチ絵の一齣にすぎないものの、「真理は細部に宿る」の一例といえなくもない。』

 

ファシスタたらんとした者 西部 邁 より

 

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